緩やかな時間


君の作るスクランブルエッグ、食べたいなぁ。

朝、起きたてに香るコーヒー。

あんな生活できるとは思ってなかったからさ。


いま君はベッドの中、隣にいるはずの俺が消えたのを知らず寝ているの?

全然止まらないこの血が全部無くなっちまうまえに、


もう一度会いたいなぁ。



+++++++++



アッシュとの出会いは西新宿のゴミ溜めの中。
早朝、道路掃除を終え、ゴミを捨てにいったら、がりがりの犬が一匹寝そべっていた。

「なんだ?捨て犬か?」

つついても起きる気配はない。
可愛くもなんともない大型犬だったんだけど、なんとなく気に入って家へ連れ帰った。

玄関に犬を置いて飯の支度をする。

「今日は昼からMSビルの窓掃除〜っと…おっと」

朝飯を作りながら考えゴトしてたら卵が手から滑り落ちる。
俺は足でひょい、と卵を蹴り上げ、何事もなかったように料理を再開した。

普通の人なら卵はぐちゃぐちゃになっているはず

…裏の仕事でつちかった俺の能力とでもいうべき代物。


「さて、犬っころはなにを食べるかな?」

玄関に寝そべっているはずの犬に声をかけた。

「ほぇ?俺はなんでも食べられるっスよ」

玄関にいたのは、犬ではなく、ボロボロの服を着た青年。
大きな耳をぴくぴくさせ自分を見上げている。

なんだぁ!?


…まさか!?

俺はとっさにズボンに隠した小型銃を抜いた。



「いやぁ、助かったっス。昨日が満月だとは思わなくって…変身しちまったら野良どもにおいかけられるし、いや、お腹が減ってなければ野良どもなんて蹴散らしてやれたんっスけどね」

にこにこと喋る彼は隙だらけで、俺を掃除にきたわけではないらしい。
俺は銃を仕舞い、玄関に座り込む彼をまじまじと見つめた。

「お前が、あの、犬?」
「犬じゃないっス!狼っス!」

緑の髪に隠れた瞳が赤くきらきらしてる。
と、突然鼻をひくひくとさせ、きょろきょろしはじめた。

「焦げてるっス!」

突然叫び、部屋に走り込む。
とっさに靴を脱いでくれたのは有り難かったが…

「…焦げ?」

はっとふりかえるとフライパンから煙が立ち上っていて、それを犬っころが必死にかえしていた。
茶色がかった炒り卵が宙を舞う。

「…ふぅ、まだ大丈夫そうっスね」
フライパンを握りしめ、犬っころは汗を拭いた。
そして台所内を眺めまわし、ふんふんと一人で頷いている。

「このまま炒飯てとこっスね」
「え?」
「スクランブルエッグとベーコンのままがいいっスか?」
「いや、任せるよ」
「了解っス」

料理人の血が騒ぐっス!とかなんとか呟きながら、手際良く作る彼の後ろ姿を俺は唖然としなから見つめていた。

「お前、名前は?」
「アッシュっス」
「アッシュ…?…どっかで…」
「お待たせっス」

記憶を手繰る俺の前に黄金色の炒飯が置かれる。

「冷めないうちにどーぞっス」
「あ、ああ。いただきます
…ん、旨い!」

一口食べて、プロの味に俺は唸り声をあげた。
アッシュは嬉しそうに耳をしばたく。

「お前も食えよ」
「いいんスか?それじゃあ遠慮なく…頂きますっス!」

二人して黙々と炒飯をかっこむ。

「本当に旨いな、お前料理人か?」
「調理師免許は持ってるっスけどドラマーっスよ」
「ドラマー?へぇ…」


どこかのバンドのドラムも確かそんなこと…


「あ、思い出した!Deuil!お前、Deuilのドラマーか!?」
「知ってるんスか?」
「知ってるもなにも、俺KKだよ。ポップンパーティで会ったことあるだろ?」
「ああ!お掃除屋さんっスね!?お久しぶりっス!」


って言っても俺達はポッパー内で特に親しい訳じゃなく、
むしろ顔も満足に覚えていなかった。
…はずなのに、

そのあと俺達は何故か打ち解け、急速に仲良くなっていた。

「そろそろ仕事の時間っスよね」
「あ?ああ」
「炒飯ご馳走様でしたっス」
「それはこっちの台詞さ。旨かったぜ。また作ってくれよ」
「了解っス!」



その日以来、アッシュは時々家に来て料理を作ってくれるようになっていた。
それどころかついでと言って家事をしてくれている。

「そんなことしなくていいのに」
「いくら男の一人暮しだからってほこりだらけは汚すぎっス!洗濯物溜めちゃ駄目っスよ。
でもこの部屋、物が少ないからすぐ綺麗になるっスね〜」

ぱたぱたとフローリングを拭き掃除するアッシュの言葉に一瞬ドキッとする。



俺達掃除屋は一つの場所にあまり長居はしない。
そのためいつでも出られるよう、荷物は少なくしているのだ。

「KK?」

考え込んだ俺をアッシュが覗き込む。

「ぅおっ!?」

突然のアップに俺はさっきとは違う意味でドキッとした。
流石ビジュアルバンドにいるだけあって顔はいい。
まじまじと観察していると、アッシュは耳をしばたかせながら不思議そうな顔をして更に覗き込んで来る。

「だ・大丈夫だよ、なんでもない」
「そうっスか?」

ちょこんと座り首をかしげる姿はまさに犬っころで、かわいらしさについ笑みが零れてくる。

「…また犬っころっぽいってニヤけてるっスね」

俺の変化に気付いたのか眉間に皺を寄せ、いやそうな顔をした。

「あ〜、その、悪かった」
「謝るってことはやっぱり考えてたんっスね!?」
「え?あ〜いやぁ…」
「もう知らないっス!」

完全に拗ねモードのアッシュを宥めながら、俺は時間がゆったりと流れていることを実感した。

こんな空気にいままでずっと憧れていたのかもしれない。

ずっとこいつとこうしていたい。
気付けばそう願っていた。


こうしていられる気がしていた。





…あの電話がくるまでは。





『KKだな』
「ああ」
『依頼だ』

「…久しぶりの大掃除ですね」
『…相手は…報酬はいつもどうりに』
「…了解。」


裏の掃除屋の仕事は半年ぶりだった。
相手は最近上場してきたコンピューター会社の社長。
どうやら裏でなにかいろいろとしているらしい。

「…嫌な予感がするが、断れねぇしな」


俺の嫌な予感はよくあたる。しかし今回は外れて欲しかった。
…大事なもんを見つけちまったから。




「しばらく留守にするからここ使っていいぜ?」
「どこかいくんっスか?」
「仕事だよ」
「掃除屋さんっスよね?」

アッシュは表の清掃業の顔しか知らない。

「…ああ、半年に一度の大掃除だと。ほら、鍵」

部屋の鍵を渡そうとするがアッシュはふるふると顔を横に振った。

「いいっス、帰ってきたらまた遊びにくるっスよ」


   KKさんのいない部屋なんてつまらないっス。


めったに見せない赤い瞳がそう語りかけていた。

「そうか」
「出るのはいつからっスか?」
「…明日かな」
「急っスね。じゃあ今日はとびきり上等な飯を作るっスよ!」


そう言ってにかっと笑ったアッシュの顔がいまでも忘れられない。




「今日泊まってけよ」

まるでパーティのような夕飯を済ませ、後片付けをするアッシュの背中に俺は言った。

「急にどうしたっス?」

洗い終えた皿をかちゃかちゃ言わせ、アッシュは不思議そうな顔をする。

「いや、特に理由はねぇよ」
「ふぅん…べつに構わねぇっスけど…」

腑に落ちないという顔をしながらアッシュはこくんとうなづいた。



「一ヶ月…」
ベッドに寝転がりながら俺は小さく呟いた。耳のいいアッシュは敏感に反応を示す。
「え?」
「もうそろそろ、経つんだな」
「…俺を拾って、っスか?」
「はは…」

用の布団に潜り込みぶすっと呟くアッシュに俺は笑い声を上げた。
ふと、アッシュが嬉しそうに俺を見ている。

「なんだよ」
「KKさんが笑ったの初めて見たっス」
「はぁ?」
「いつもの作り笑いじゃない笑顔」
「!」

気付けば笑顔を張り付かせるのがくせになっていた俺の顔から、いまの無意識に出た無防備な笑みを感じ取ったっていうのか…?

「お前ってやつは…」
「…KKさん?」

いつのまにかベッドのふちに這ってきたアッシュは心配そうな顔をしている。
「?どうした?」
「いや、泣いてるのかと思ったっス…」
「なんで、泣く訳無いだろ?」
「いや…すまないっス」
「変な奴だな。ほらもう寝ようぜ?それともこっち来るか?」

冗談交じりに布団を上げてやるともぞもぞと入り込んできた。
大人二人が乗るとベッドはぎしぎしと嫌な音を立てたが、構わなかった。

「ちゃんと、戻って来るっスよね?」

腕の中でアッシュが小さく尋ねてくる。
不安そうなその顔は俺の嫌な予感を感じ取っているようで、俺はやさしく緑の髪をなでてやった。

「あたりまえだろ?戻ってきたらまた飯食わせてくれよ?」
「じゃあ、明日の朝はKKさんに大人気のスクランブルエッグで見送るっスよ」
「よろしく」
「…」


「…」




不意に訪れた沈黙…


…どちらからともなく触れ合わせた唇は甘く切なかった。



「約束っスよ…」






+++++++++



くう、と寝入ったアッシュを起こさないように仕事着に着替え、俺はそっと出ていった。




その後のことはよく覚えていない。



解るのは、掃除にしくじっちまったっていうことと、

腹から噴出す血が俺の手を紅に染めているという事実。


とめなく溢れる鮮血を見つめながら、俺は逃げ込んだ裏路地によろよろと座り込んだ。





アッシュの作るスクランブルエッグ、食べたかったなぁ。

朝、起きたてに香るコーヒー。

あんな生活できるとは思ってなかったからさ。



全然止まらないこの血が全部無くなっちまうまえに、

もう一度会いたいなぁ。



会いたいなぁ…







…会い…。

……。















                   END





☆あとがき☆
…ごめんなさい、KK殺し…げふんげふん(汗)
新堂さんのアルバムの最後の曲の
「君の作るスクランブルエッグが食べたいな」
から、ネタ出しをしたのですが…何故かこんなダークな(苦笑)
個人的には嫌いじゃないKKアッシュ(汗)

感想などお待ちしています☆