嫉哭の闇
飯島が院生をやめた。
それを聞いたのは俺が中国から戻った後だった。
棋院で会った奈瀬が寂しげにそう教えてくれたのだ。
「いい加減、あたし達もどっちかにしなきゃね。プロになるか、諦めるか…」
そう言った奈瀬の顔は哀しそうに歪んでいた。
強い奴が上へいく。
当たり前でむづかしい世界…。
次の夏、俺は全勝合格でプロの世界へ踏み込んだ。
+++++++++
冬の風がビルの隙間から吹き付けるなか、伊角は街中を歩いていた。
いまからみんなで和谷の家で検討会を開くことになっていて、手土産でも、と思ったのだが…
(俺も一人暮らししようかな…)
ついつい不動産に目がいってしまう。
ふと目を留めた不動産屋のガラスに映る自分の姿。
その肩ごしに見えた人物に伊角は目を疑った。
「飯島!?」
「…伊角」
一年振りの飯島は髪型が少しさっぱりとした以外はそのままの風貌で、高校の制服を見に纏っていた。
「…久しぶりだな」
変わらない、はすに構えた喋り方。
「ああ。久しぶり」
「奈瀬から聞いた、プロになったんだってな、おめでとう」
「ありがとう。お前はいまなにしてるんだ?」
「受験戦争真っ只中さ」
「そうか…頑張れよ」
言える言葉が見つからず、伊角は苦笑いを浮かべ、そう言った。
瞬間、飯島の表情が強張ったのに伊角は気付かなかった。
「…伊角、いま暇か?」
「え?うん…まぁ」
「立ち話もなんだから、うちこいよ。すぐそこだから」
突然の招待に伊角は目を丸くしたが、背を向け歩き出した飯島に自分には拒否権はないらしいことを知った。
(強引なところも相変わらずだな)
苦笑を漏らし後ろをついていく。
飯島の家は駅の裏側の閑静な住宅街の中にあって、
おぼっちゃん。
と言われそうな大きな一軒家だった。
「入れよ」
通されたのは飯島の部屋らしい。
それでも和谷のアパート二部屋ほどはある広さだ。
「すごいところに住んでるんだな…」
圧倒されるように伊角は部屋を見回した。
「ジュースでいいよな?」
トレイを抱えて飯島が戻って来る。
「あ、ありがとう」
渡されたグラスにはオレンジ色の液体が注がれていた。
「…なあ、なんでやめたんだ?」
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは伊角だった。
「あ?…院生のことか。決まってるだろ?引き際だと思ったからだよ」
「そんな…」
「それより今日はあんなところでなにしてたんだ?」
「え?あぁ、和谷のアパートで検討会を……しよう…って…あ・あれ?」
不意に身体の力が抜け、伊角は床に倒れ込んでしまった。
転がったグラスからジュースが絨毯に染み込んでゆく。
「わ…すまん・ジュース…零して…」
朦朧とする意識の中、伊角は落としたグラスを気にしてあわあわしている。
そんな伊角を見下ろし、飯島はかすかに苦笑ともとれる溜息を漏らした。
「相変わらず、変わってないな。グラスの心配より自分の心配しろよ」
「…ぇ?ど・う…いう…?」
「風邪薬が効くとは聞いてたけどまさかこんなにとは思わなかったぜ」
くらくらとしながら横たわる伊角に馬乗りになりながら飯島は自嘲ともとれる笑いを漏らした。
「なんで…こんな…」
伊角は薬を盛られたことにショックを受けながら、自分を見下ろす飯島にただ尋ねることしかできない。
「お前見てると苛々するんだよ。結局俺は負け犬だったって見せ付けられてる気分になる」
「そん…な、こと…」
「うるさい!どうせ伊角は実力があったから上へ…プロになれたんだ。
俺なんかの気持ちは解らないさ!」
「!?」
ビリッ!
伊角のシャツのボタンが宙を舞う。
「や・だっ!…ぁっ!」
胸の突起に噛み付かれ、伊角は悲鳴をあげた。
必死に抵抗するが身体に力が入らず振り回す両手は易々と捕らえられてしまう。
唯一動く足も、悲しく宙を切るばかりだった。
「ゃ・ぁっ…っくぅ…っ!!」
ガツン!
勢いよく振り回した足が棚にあたる。
拍子に開いた戸棚の中のものを見て伊角はちいさく息を飲んだ。
飯島も気付いて舌打ちをする。
中にあったのはすっかりほこりを被った碁盤と碁笥。
「こんなもの、まだあったのか…!?」
戸に気を取られ、飯島の手が緩んだ。
そのすきに伊角は飯島から逃げるように身を翻した。
薬のせいで思うように動かない身体でやっとのことで部屋のすみまではってゆく。
そして溢れて来る涙を拭い、飯島を見上げた。
「…っ、まだ、碁…諦めてない・んだろ?だから…」
「ちがう!!」
なにかを払拭するように頭を振り、飯島はガッと碁笥を手に取り中の石を掴んだ。
「…こんなもの、もう俺には必要のないものだ」
苦々しげにそう呟き、飯島は伊角に向き直った。
「…やるよ、あんたに」
ぐいっ。
「ぁっ!」
壁に腕を押し付けられ、再び自由を奪われる。
ズボンに手を掛けた飯島に伊角は真っ青になりながら必死に逃げようともがいた。
「やめろっ!な・なにをする…!?」
口の中に碁石を詰め込まれ、悲鳴は消されてしまった。
「げ・っ…かはっ…」
「碁石好きだろ?もっとやるよ」
冷たく笑い、飯島は吐き出した唾液塗れのそれを伊角の秘孔に押し当てた。
「ひ・ぃっ!や・やめ…ああっ!」
ぐぷぐぷと押し込まれる黒い石…。
おもしろいように入っていくそれを飯島は冷たい瞳で見つめていた。
無理矢理に石を詰め込まれ、更に栓をするように飯島自身をも押し入れられる。
「や…!!ひ・ぃやぁ……ぁああっ!」
ぐちゃぐちゃに掻き回され、伊角はただ泣き叫ぶことしかできない。
叫び声が枯れる頃、伊角の意識も掠れ、消えていった。
+++++++++
しばらくして目を覚ました伊角は、身体中ぼろぼろで一人絨毯に横たわっていた。
起き上がると妙な排泄感に襲われる。
「んっ…」
どろっ…
秘孔から血液と精液にまみれた碁石がぼたぼたと落ちた。
「っ・くう…ふっ…」
涙がとめどなく零れ、絨毯を濡らす。
「伊角…」
部屋に戻ってきた飯島が手を差し延べるが
「触るな!!」
その手をとっさに払い、伊角は怯えた瞳で立ち上がった。
散乱する衣服をよろよろと身につけてゆく。
「…伊角」
「お前なんかに名前を呼ばれたくない」
冷たく言い放ち、伊角はドアに手をかけた。
そのまま何も言わず、伊角は部屋を出ていく。
「…あ」
なにも言えず、飯島はただ立ち尽くしていた。
部屋に残った残骸を見つめ、飯島は苦々しげに唇をかみしめた。
「…んなもの…っ!!」
碁盤を掴み、窓へ投げ付ける。
ガシャアアァン!!
飛び散るガラス。
伊角の心を表すようにこなごなに散らばり、反射した光は飯島に突き刺さる。
傷つけたのは自分なのに、心に穴が空いたように感じるのは何故なんだ…
これは後悔なのか…!
それとも…!
散らばる碁石をガラスと共に握りしめ、飯島は悲鳴ともつかないこえをあげた。
END
…あとがき…
飯島×伊角でした。
想像以上に黒い話になってしまいました(苦笑)すいません(謝)
題名は嫉妬と慟哭の造語で漆黒とかけてみたり(笑)
書き上がって気付いたんですが、伊角さんが受かった頃、飯島高3で本当に受験戦争真っ只中なんですね(笑)
それくらいかなぁなんて軽く書いてたんで驚きました(笑)
続編も考えてはいるのですが長くなりそうだし、更に黒くなりそうなのでどうしようか悩んでます(笑)
そのへん込みで感想などいただけると嬉しいです☆