最近夢見が悪い。

ふと、枕元に気配が。
そして、慣れた手つきで頬を触る、その無骨な指。
ふ、と唇に感じる温かい体温。
頬にあたる無精ヒゲ。

どれもこれも彼の人を思い出させ、私を落胆させる。



  約束。





「大佐、知ってます?また出るんですって」

タバコをくゆらせながら、ハボックは目の前であくびをかみ殺す上司にそう言った。

「出る?なにが」
「出るって言ったら…あれですよ」
「また怪談か…」

そう言いながらロイは眉間にしわを寄せた。
前回のことがあるというのに、この男は全く懲りていないらしい。

「花代の割り勘を返してからそう言うことを言え」
「違うんですって。今回はマジもので…大佐、旧宿舎って知ってます?」

旧宿舎というのは数年前まで使われていたもので、2人1部屋の寮のようなものだった。
現在の1人1部屋の新しいものが出来る前は新人がよくそこにあてがわれていて、
ロイとヒューズがまだ新人だったときも、そこにお世話になっていたのだった。

そこまで思い出し、ロイはぐっと奥歯をかみ締める。

先日そこの取り壊しの話が出て、ヒューズと寂しくなる、と話していたばかりだったのだ。

「大佐?」
「……いや、なんでもない。旧宿舎は昔、私も住んでいたと思ってな」
「そうなんすか?」
「私は鋼のとは違って軍に入ってから、ずっと軍人として所属していたからな。錬金術師とはいえ軍の施設にいるのは当たり前だろう?」
「なるほどね」
「で?その旧宿舎がどうかしたのか?」
「あ、そうそう。そこの庭先にある大きなイチョウの木の根元に、出るらしいですよ」
「イチョウの木…?」
「夜中の2時過ぎに、軍服を着た男が、ずっと根元を見下ろしてるんですって」

そこまで聞いて、ロイははっとカレンダーを見た。

「で、それを見た次の日の夜からその霊が毎晩夢枕に立って、一言「ほのお」って言うらしいですよ?その木を燃やしてほしいんでしょうかねえ?」

ひとりうんうんとうなずくハボックを無視し、ロイは立ち上がった。
机の上のインク入れが、がたん、と大きな音を立てる。

「大佐?」
「…ハボック、その男の特徴、とかは話に出ていないのか?」
「え?おれが聞いた話じゃ…オールバックのひょろいおっさん、としか…そいや、誰に聞いたんだっけかな?……ちょ…大佐!?」
「ちょっと中央に行って来る。中尉に言っておいてくれ」
「そんな唐突に…え、ちょ、大佐ぁ!!」

ハボックの言葉が終わらないうちに、ロイは上着を持ち、駆け出した。




どうして思い出せなかったんだろう。

そうか、そうなのだ。

悲しくて、理解しようとしなかったが、
答えは出ていて、まぎれもなく勝敗は決したのだ。

こんな形で約束の清算がなされるなんて思わなかった。
あいつが、覚えていて、待っているとも思わなかった。





向かった先は、旧宿舎がある、中央軍管理施設。



中央に着いたとき、時間は夕刻を過ぎていた。

空が闇に染まる。


旧宿舎は、人の気配もなく、ただ街灯が1つ、2つ、薄く照らしているだけで、ほとんど見えない状態だった。




ふ、と視界の隅が開けた。

明るくなったわけではないのに、そこだけ、よく見える。


視える、といったほうが適切かもしれない。





そこには、よく見慣れた、あの笑顔があった。

『よっ。間に合ったな』
「…ヒューズ」

木の根元に座り込み、こっちに手を上げる。
なにも変わらない、その姿。

『ギリギリセーフって感じだな』
「持つものもとりあえずにきたんだぞ?」
『ははは。お前が悪いんだぜ、何度夢枕に立っても起きやしねえ』

寝つきがよすぎるのも考え物だ、と笑い、ヒューズは立ち上がった。

「だからといって、いろいろ悪戯をするのは感心せんな」
『あれ?バレてたか。本当はもっと、いろいろしてやろうと思ったんだがな』
「馬鹿が。……すまん、忘れていて」
『いや、お前もいろいろ忙しかったろうし、なんせ俺がこんなになってちゃな』

そう言い、ヒューズは寂しげに笑った。
はっきりとその存在を認識できるが、その姿は脆く、
風が吹けば消えてしまいそうな儚さだった。

「ヒューズ…」
『おいおい、そんな顔すんなよ。俺はいい人生だった、と思ってるんだぜ?綺麗な嫁さんと、可愛い娘…それに、大切な戦友。』

ヒューズはロイの肩を抱き、そう言う。

『別に仇をとってくれとかそういうんじゃねえんだぜ?』
「どうしてこんなことになったのか、教えてくれんのか?」
『残念ながらな、言えないんだ。覚えてないって言ったほうがいいのか…』
「…そうか」

悲しそうに頭をたれるロイの背中を叩き、ヒューズは空を見上げた。

『グレイシアとエリシアにはなにも言い残すことはなかったみたいでよ。…ただ、お前さんには、最後に会いたかった』
「見ず知らずの他人まで巻き込んで…この木を燃やされたらどうする気だったんだ」
『ありゃ。焔、と言えばお前しかいないと思ったんだが…中央の奴らはボキャブラリーがねえなあ』

がしがしと頭を掻いて、ヒューズは渋笑いを漏らす。
そんなヒューズの姿を見て、ロイは首をかしげた。
そういえば、中央以外にもそんなこと言ってたやつがいた。
もしかして。

「…ハボックの枕にも立ったくちか?」
『…ばれたか。本当は恋敵に手を貸して欲しくはなかったんだが、約束の日に間に合いそうになかったからよ』

そう言い、ヒューズはロイの唇を塞ぐ。
硬めの髭が頬に擦れ、こそばゆい。

「…っ」
『あいつと、鋼のチビには負けたくなかったな。』
「…なに?」
『なんでもねえよ。…さて、やるか?』

あっさりと唇を離し、ヒューズは木の根元に降りた。
そして、根元の一部を指差し、ロイに笑いかける。

『さあ、掘ってくれ』
「なに??」
『俺のこの身体じゃ掘れないし。お前の焔なら、簡単に穴開くだろ??』

そう言われ、ロイは渋々手袋を嵌めた。


静寂の町に、小さな爆発音が響く。

『…中身、ケシズミになってなきゃいいがな』
「お前がやれって言ったんだろ?…あ、あった」

しばらく根元を落ちていた木片で掘っていたロイが声を上げる。
取り出してみると、それは小さな木箱だった。

『残念だなぁ、俺が貰うはずだったものなのによお』
「死んだ貴様が悪い。…これか」

それは、二人が入宿式のときに撮った、古ぼけた写真だった。
そして、小さなナイフと、新品の手袋。

『皮肉な約束しちまったもんだ。…どっちかが将軍クラスになったら、祝いにこれを掘って…だなんて』
「お前が言ったんだろ?…そのあと、俺を助力すると言ってたくせに…」
『ははは、相当つじつまあわねえこと言ってたな。……おい、泣くなよ』

「泣いてなど、ない」



そう言い、ロイは静かに箱を閉じた。





「これは、私が預かっといてやる。もし、私がお前のところ逝く時があったら、これを一緒に埋めてもらうさ」
『それはありがたいな』
「……ヒューズ」
『…最後に、聞いたのが…お前の声で、本当によかった』

ヒューズは笑い顔を向け、そっと手を差し伸べた。
ロイも、手袋を外し、右手を上げる。


…さよなら







手は、握られることなく。




空しく…宙を掻いた。










+++++++++





次の日。ロイは仕事を休んだ。

サボりは毎度のことだが、休む、というのは初めてのことだった。

東方司令部の面々はなにがあったのかざわめいたが、
2日後から、何事もなく出社してきた大佐に、一同はなにも言わなかった。

うっすらと腫れた目もとと、なにかを決意した瞳に、なにも言えなくなっていた。



その数週間後。





ロイの元に、中央勤務の話が舞い込む。







◇◆◇◆◇◆



ヒューロイでした。

思いのほか、悲しい話に…(泣
本当は漫画で書きたかったんですが
画力が追いつかず…スキャナもなく…仕方なく文字で…
いつか、機会があったらオフで漫画は出そうかな(機会があったら、ね)

はじめはサクラの木、だったのですが、いくらなんでもベタだし、あっちの入宿って8月の終わりか9月の初めとかだと思うので(イギリス参考)
なにか大樹ないかな〜、と、思いついたのがイチョウでした。

写真は4巻のあれ参考で。
まあ、二人とも同じ写真持ってそうなんですが。
一応、自分設定であれは一枚限り、ということに(笑)



そして、エドロイやハボロイに話は続くわけです(爆)




話のイメージは
花*花の「大好きな人」から。
本当はあの歌は好きな人と親友との結婚式の歌らしいのですが。
2番の
『涙よとまれ、最後に笑顔を覚えておくため』
はかなり空想力(妄想力?)を刺激してくれました。

ちなみに1番はデジモンで(身内ネタ)